• Treatment menu
  • 診療の流れ
  • 一般歯科
  • 小児歯科
  • 矯正歯科
  • 審美歯科
  • ホワイトニング
  • インプラント
  • 義歯・入れ歯
  • 訪問歯科
  • ご来院の前に(予診表)
  • こうしのデンタルニュース
  • 院長のひとりごと
  • リンク
モバイル 生野区こう歯科医院携帯サイト

QRコード対応ケータイをお持ちの方は上記のコードを読み取るだけで簡単にアクセスが出来ます。



スマートフォンに
対応しております。


院長のひとりごと
HOME > 院長のひとりごと
バックナンバーはこちらから
第12回 「楽天知命」  2009年9月20日

3年以上ぶりの「院長のひとりごと」の再開です。このコラムを楽しみにしているとの声を多々聞きました。ごめんなさい。これからは気持ち新たに頑張って更新していきます。

 

 まずは、「白洲次郎」の事を書きます。4年程前、私が兄のように慕っている母校の病理学の教授で歯学部長をしている長谷川博雅先生に「白洲次郎って知ってるか?あんなカッコイイ生き方をしたいよね。」と電話で言われました。白洲次郎?確かジーンズを日本で初めて履いた男って何かの雑誌で書いてたなぁ、なんてくらいにしか、その時は頭を過ぎりませんでした。それから、すぐに「白洲次郎」についての書物を読みました。

参りました。凄い!カッコイイ!こんな人物が少し前まで世に存在していたなんて驚きです。

「白洲次郎」ひと言でいうと、心意気と粋を兼ね備えた、外見も内面も粋な、類まれな人物といえましょう。欧米人と肩を並べても遜色ない183 cm の身長に甘いマスク、キリッと鋭い眼光、身にまとっている物は本場英国の貴族も一目おく一級品。日本語を話す時は少々吃音があるが、英語をしゃべらすと流暢なキングスイングリッシュ。そんな人物が戦後、占領下の日本で、吉田茂の側近として、占領米軍に媚売ることなく「日本は戦争に負けたのであって、奴隷になったわけではない」と少しもひるまず渡り合った、従順ならざる唯一の日本人であった。ここまで書くと、まるで、映画や小説の中でしか存在し得ない男のようですが、そんな在り得ない人物がつい最近まで、確かに生きていたのです。私はガツンと「白洲次郎」の虜になりました。こんな衝撃、高校の時、司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」を読み、坂本龍馬と出会った時以来です。私の青春の憧れの人、坂本龍馬から、この年に合った尊敬すべき人物に、やっと出会えました。「白洲次郎」について書かれている書物は10冊程しかないと思うのですが、本屋で見つけては読み漁りました。カッコイイ、惚れ惚れします。つい最近まで生きていたのだから、ぜひ逢いたかったです。

今年の2月、3月に NHK ドラマスペシャルにて「白洲次郎」が放映され、今月、最終回が放映されたので、ご覧になった方も多数いらっしゃると思います。戦後、独自のプリンシプル(筋道・原理・原則)のもと、誰に対しても、特に権力者に対して毅然とした態度で接し、その後は政治家にならず、あくまで野人として、骨太のダンディズムを貫かれました。北野武(ビートたけし)さんは、ある雑誌で「あの人は、ただの大金持ちの坊ちゃん、エエかっこしいとしか思えない。」と否定的な見方をしていましたが、私はそうは思いません。確かに浮世離れした大金持ちの息子であったが、ただの坊ちゃんではない事は歴史が証明しています。気骨があり、強者に立ち向かい、弱者に優しき、小説やドラマの中でしか設定でき得ない、実在の人物です。又、趣味の車やスキー、ゴルフ、物作りのこだわりよう、家庭においては子宝に恵まれ、奥方も素敵な人物で、モテモテなのに家庭円満、健康にも恵まれ、どこをとっても羨ましくもあり、憧れの人物です。正にジェントルマンです。

 

 今年3月で50歳になりました。『論語』では50歳は「知命」といい、「五十にして天命を知る」と書かれています。なるほど、天命を知る年かな、と思い当たるところはあります。私は歯科医師として、来院して頂いている患者様の痛み、症状を治す事に喜びを得、そして生計を立てて生きています。その余力で、私の周囲のみんなの事を考え、皆の幸せを願う。皆が楽しく、笑い合えばと願う。そんな事しか願えないけど、出来ないけど、そんな事に最大限の幸せを感じ生きていますし、これからも変わらずそうであろうと思います。大した事ではないけれど、それが私の天命と思っています。

 

 10代から20代にかけて、私は、坂本龍馬でありたいと強く思い、なれると思っていました。30代になり、龍馬が亡くなった33歳を超えました。全く龍馬になれない自分がいました。自分の持つ能力を嘆きながらも虚勢を張って生きていました。40代、諦めながらも、まだ何かあるのでは、ともがいていました。40歳は「不惑」?とんでもないです。

 そして今、50歳になりました。惑わず、と達観は出来ていませんが、惑いからは解き放たれました。坂本龍馬には少しもなれなかったけど、おそらく白洲次郎にもなれそうもないけど、天から与えられた自分を全うする事は出来そうです。それに幸せを感じています。振り返れば、大切な家族がいて、周りには仲間がいます。それで充分です。

 

 最近、私が座右の銘にしている言葉が『易経』にある「楽天知命」です。「天を楽しみ、命を知る、故に憂えず」ですね。この言葉を私は「人知の遠く及ばない天の定めた宿命、境遇を受け入れ、天より与えられた資質、天分に感謝し、自らの使命を果たし、人生をおおらかに楽しむ」と自分なりに解釈しています。

50代は、40代より生活が苦しいかもしれません。身体も健康じゃないかもしれません。出会いより別れが多いでしょう。それでも、今ある自分を受け入れ、天を楽しむ生き方をしたいと強く思っています。

こんな事を考えれる自分に感謝し、「元気、笑顔、感謝」を忘れず、活きて、生きていきたいです。

 

 今夏は、梅雨が8月まで続き、平時の夏とは趣きが違っていました。春から続く新型インフルエンザの感染は衰えを知らず、この10月にはピークを迎えるとか・・・。政治においては、自民党の55年体制が終焉を迎え、民主党が政権を取りました。

 自然の摂理、人の世の法則を知り、それに逆らう事なく、誰もが正しいといえるものから目を逸らさず生きていきたいですね。明日がいい日でありますように…
お問い合わせ