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院長のひとりごと
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第3回 「夏。そして父」 2005年7月20日

本格的な夏到来です。大阪の夏は、近年、地球の温暖化も重なり、異常な暑さが連日続きますね。私共の仕事は室内ですから、暑さはしのげますが、営業で外回りをされている方や野外でのお仕事の多い方は、この時期大変辛いと思います。くれぐれもご自愛下さい。

 私は、この時期になると19年前の最も辛く悲しい夏を思い出します。

私の父は昭和61年(1986年) 7 月 31 日に末期の肝臓ガンで他界しました。享年69歳。私は当時27歳、『こう歯科』を開業する1年前でした。父は、死の直前に意識朦朧の中、一瞬パッと私の眼を見つめ、「おい。よう見とけよ。」と言って、その後、意識不明になり数日後に他界しました。「往生していく父の死にざまを見ろ」という意味と、「俺の生きざまを見つめ直し、お前の人生を歩め」という両方の意味があったと思います。

 父は在日韓国人1世です。無一文で日本に来て、苦労に苦労を重ね、合成ビニール工場で財と名声を築き、これから人生の総仕上げという時に他界しました。威厳のある怖い父でしたが、末っ子の私の事をとても愛してくれました。私も心から父を尊敬していましたし、今でも私の心の拠り所です。

 父が逝って、早いもので20年が経とうとしています。私は、父の遺言どおり、南巽にて『こう歯科』を開業しました。父に恥じない韓国系日本人としての人生を歩んでいるつもりですが、あの世の父が褒めてくれるような人生かと云えば、心が痛みます。もう少し時を必要とします。

私の心の中には、父と、第2回で書いた坂本龍馬、そしてもうひとり敬愛してやまない方がおられます。私が歯科医師になり、勤務させて頂き、歯科医師そして男の生き方を教授して頂いた恩師 小室 樹(こむろ たつる)先生です。小室先生は5年前、56歳の若さで急逝されました。気高く、男粋があり、親分肌の師匠でした。男も惚れ惚れするいい男でした。
「男は筋を通すという事が一番大事や。男は信用やで。」という事を叩き込んでくれました。この親分の一番の子飼いであったというプライドが、私の支えです。

父の背中を見て育ち、背中を追い、坂本龍馬に憧れ、小室 樹先生の薫陶を受け、今の自分が在ります。

ごめんなさい。ただでさえ暑いのに、熱い話しを書いてしまいました。

夏といえば、祭りですね。祭りといえば浴衣。最近、町のあちこちで浴衣姿を見かけます。都会の殺伐とした中で、風情があっていいですね。高級ブランドの洋服より、余程、洒落ていて素敵です。浴衣、うちわに扇子、手拭い、祭り、花火、蚊取り線香、風鈴、冷やしそうめん、冷酒…………素晴らしい日本の夏、もっと楽しみましょう。
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